VTuberのリアルイベントにMoQを商用導入、4K映像と低遅延音声で自宅と会場を接続

アイキャッチ:VTuberのリアルイベントにMoQを商用導入

ブートストラップは2026年9月7日、同社が提供するバーチャルタレント向けイベント支援サービス「AIAI」に、次世代メディア転送プロトコル「MoQ(Media over QUIC)」を導入したことを発表した。

2026年9月1日、東京・初台の「KAIWAI 初台」で開催された、VTuber・詩音ガトのファンミーティングで本番運用を実施。タレントの自宅スタジオから会場へ4K映像・音声を低遅延で送り、会場からは来場者の声や会場の様子をリアルタイムで返す双方向接続を実現した。

同社によれば、VTuber・バーチャルタレントのリアルイベントにおけるMoQの商用利用は、2026年9月時点で国内初の事例だとしている。

VTuberの普段の配信環境をそのままイベントへ

今回の仕組みで特徴的なのは、タレント側でレンダリングした映像をそのまま会場へ送れることだ。

従来、高品質なVTuber映像をリアルイベントで表示する場合、3Dモデルを会場側のPCへ用意し、モーションなどの制御データを送って現地でレンダリングする方法が使われてきた。

この方式では会場に高性能なPCやオペレーターが必要になるほか、イベントごとに3Dモデルデータを会場側へ渡す必要がある。

MoQを利用した今回の構成では、タレント側でレンダリングした映像を伝送するため、会場側に3Dモデルを配置する必要がない。そのため、タレントは普段の配信で利用しているOBS StudioやVTube Studioなどの環境を活用できる。また、配信画面や演出をイベント向けに作り直す負担も抑えられる。

MoQを用いた双方向ライブ接続の構成図
MoQを用いた双方向ライブ接続の構成

3Dモデルを会場側へ渡さずに済むメリット

モデルデータを会場へ持ち出さないことは、運用面だけでなく権利管理の面でも意味がある。

VTuberの3Dモデルは、単なる映像素材ではなく、タレントの外見そのものに関わる重要なデータである。制作者との契約によって利用範囲が定められているケースもあるため、イベント会場など第三者の環境にデータを置くことは管理上の負担になり得る。

今回の方式では、会場に送られるのはレンダリング済みの映像であり、3Dモデルそのものはタレント側に保持できる。イベント会場ごとにモデルデータを準備する必要がなくなるため、VTuberが自宅からリアルイベントへ出演する際の技術的・運用的なハードルを下げられるのがポイントだ。

なぜWebRTCではなくMoQなのか

低遅延の双方向通信にはWebRTCという通信規格もある。実際、ブートストラップもこれまでWebRTCを利用してきたという。

今回MoQを採用した理由として同社が挙げるのが、映像品質と低遅延のバランスをアプリケーション側で柔軟に制御できる点だ。

VTuberのファンミーティングでは、音声には会話のための低遅延性が求められる一方、映像にはタレントの姿を高品質に表示することが求められる。

MoQでは映像や音声などのトラックごとに優先度を設定できるため、ネットワーク状況が悪化した場合に「何を優先して残すか」をアプリケーション側で制御できる。

一方、一般的なライブ配信で広く使われているRTMPという通信規格では、今回のようなリアルタイムの会話用途では遅延が大きい。

WebRTCへの映像取り込みを標準化するWHIPは2025年3月にRFC 9725として標準化されたが、同社は再生側のWHEPが2026年時点でInternet-Draft(草稿)であることなどを理由に、今回の用途ではMoQを選択したとしている。

同社は、MoQがWebRTCの上位互換というわけではなく、1対1の通話などではWebRTCが適している一方、一対多のライブ配信やイベントではMoQの特性を活かせると説明している。

方式送出遅延再生側の制御
モデル配布+現地レンダリング制御データのみ小さい会場側の環境に依存。モデルデータの受け渡しが必要
RTMPOBSから可能数秒。会話には使えない
WHIP/WebRTCOBSから可能(RFC 9725)小さいWHEPが未RFC。ブラウザ実装に依存し制御できない
MoQOBSから可能小さいアプリケーション側で制御できる

MoQとは?

MoQは「Media over QUIC」の略称で、QUIC(※)上で映像や音声などのメディアを伝送するためのプロトコルである。IETFのMoQワーキンググループで標準化が進められている。

今回のシステムでは、主に以下のような特性が活用された。

  • QUICによるストリーム多重化:映像と音声を分離して扱える
  • アプリケーション側での優先度制御:ネットワーク状況に応じて優先するメディアを決められる
  • リレーによる配信拡張:複数会場などへの展開を想定しやすい

※QUIC:Googleが開発し、2021年に標準化された通信プロトコル。

今回の本番環境では、Cloudflare MoQ Relayと自社ホストのリレーサーバーを組み合わせて運用した。映像はH.264を使用し、最大4K(2160p)・60fps・10Mbpsまでの条件に対応。音声にはOpusを使用した。

小規模なVTuberイベントにもリアルタイム接続を

今回の実証は、大規模なライブ会場ではなく小規模なファンミーティングで行われた点も興味深い。

VTuberのリアルイベントでは、タレント本人が会場に来なくても、スクリーンを介してファンと交流する形式が考えられる。しかし、従来は高品質な映像と低遅延の会話を両立するために、会場側にも一定の技術設備や運用体制が必要だった。

MoQによってタレント側の配信環境を活用できれば、「タレントは自宅、ファンは会場」というイベントをよりシンプルな構成で実施できる可能性がある。

ブートストラップは今後、「AIAI」で対応する会場を拡大するほか、MoQ配信基盤のSaaS化や、VTuber・バーチャルタレント関連サービスへの一般提供を目指すとしている。

筆者の見解

今回実運用されたシステムは、中小事務所所属のVTuberや、いわゆる個人勢VTuberがリアルイベントを低コストで開催できるようになる可能性を広げてくれるものです。

VTuberがふだん使っている配信環境をリアルイベントでも使えるため、配信の手間はそのままに、会場側で用意すべき機材や環境のコストを大幅に減らせます。

また、このシステムであれば小さな施設でも実施できるため、小規模イベントを開催できるだけでなく、会場費用も抑えることができるでしょう。

MoQ自体ははまだ標準化の途上にある規格ですが、商用運用の事例が増えれば、もっと気軽にVTuberのリアルイベントが見られるようになるかもしれません。

ちなみに9月1日開催された詩音ガトさんのイベントですが、カーテンコールをYouTubeで見ることができます。会場映像ではないため雰囲気は伝わりにくいですが、イベントの一端は知れるのではないかと思います。


(出典:PR Times