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【雑記】 VTuberの転生問題を「移籍金制度」で解決できないか

 この記事はVTuberビジネスにおける注目トピックのひとつである「卒業・転生問題」を解決するための手法として、プロスポーツ業界のような移籍金制度を導入できないか、ということを考える(妄想する)ものです。

 本記事は公開後も修正・加筆予定のため、現段階では記述(文量・論理)が不十分な箇所もあります。また、スポーツ業界の移籍金制度の例として、欧州プロサッカーの話が十分な説明なしに出てきます。あらかじめご了承ください。

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VTuberの卒業・転生問題とは

 企業所属のVTuberが所属事務所から脱退(卒業)し、個人VTuberとして活動再開する場合、別の名前・別の容姿になる(転生)場合がほとんどです。

 これは既存の名前や容姿(2D/3Dアバター含む)の諸権利(IP)を、ほとんどのケースで企業側が保有していることから起こります。

VTuberの“転生”で発生するメリット/デメリット

 企業所属のVTuberが卒業して個人VTuberに転生する場合、VTuber自身には以下のようなメリット/デメリットがあります。

メリット

  • 名前や外見を変えることでそれまでのキャライメージを一新できる可能性がある
  • 存在として「別人」になるため、それまで所属していた事務所のルールなどから解放される

デメリット

  • 既存の名前や姿を引き継げないため、演者/中の人のキャリアが(外見上)途切れてしまう
  • 名前や姿が変わったことで、既存のファンが離脱してしまう場合がある
  • 転生しても演者/中の人はすぐ特定されるため、再デビュー時のファンの迎え入れ姿勢がよく言えば「お約束」、悪く言えば「茶番」になってしまう(※1)

※1 VTuberファンの間では、転生前の名前や姿(前世)がわかっている場合でも、転生したVTuberのデビュー時にはまっさらな新人として「はじめまして」で迎えるのが通例。転生後のVTuberに対して前世の話題を持ち出すことはタブーとされている。

 一方、 企業から見た場合、所属タレントの卒業は稼ぎ手がいなくなるということなので、損失であることは明らかです。

 また、企業側は卒業したVTuberのIPを保有してはいるものの、現状だとVTuberは演者/中の人のパーソナリティと非常に強く結びついているため、「中の人」を入れ替えて再始動したり、卒業したVTuberの関連グッズやコンテンツを継続販売したりするケースはほとんど見られません(※2)。

 卒業したVTuberのIP活用としては過去に発売したキャラクターグッズの再販程度にとどまっており、実態としては「宝の持ち腐れ」になっていることがほとんどです(※3)。

※2 まったくないわけではないが、その多くは苦戦している。
※3 IPの不正・無断使用を防ぐという意味ではIPを保有し続ける意味はある。また、近年ホロライブでは新たに「配信活動終了(英語では「Affiliate」と表現)」というステータスを設定し、卒業後も記念イベント等で一時的に復帰するケースが見られる。

現状での対策

 現状、所属事務所を卒業した後も名前や姿を継続利用できているケースには以下があります。

  1. 個人でIPを買い取る
  2. 企業間で合意のうえ移籍する
  3. 運営企業・事務所解散に伴い演者側に無償でIPが譲渡される
  4. 活動開始時に事務所から演者に無償でIPが提供される

1. 個人でIPを買い取る

 企業所属VTuberから個人VTuberへと転籍した事例として、有名なところでは周防パトラ(774 inc.(現ななしいんく)から独立)や、九条林檎(AVATAR2.0 Project → 個人 → VEEを経て再度独立)などの例があります。彼女たちは独立にあたり、名前や姿などを含むIPを自身で買い取ったことを明らかにしています。

2. 企業間で合意のうえ移籍する

 企業間でVTuberが移籍した例としては、AVATAR2.0 ProjectからPalette Project(パレプロ)へ移籍した雨ヶ崎笑虹(あまがさき・えこ、現在は独立して個人VTuberに)や、774inc. (現ななしいんく)からぶいすぽっ!に移籍しためとなどがいます。

 ただし、彼女たちの移籍に関して移籍金(あるいはそれに相当する金銭のやり取り)が発生していたかは不明です。

3. 運営企業・事務所解散に伴い演者側に無償でIPが譲渡される

 これは特殊な事例ですが(※4)、所属事務所の解散に伴い、IPが演者/中の人に無償または低額で譲渡されるケースがあります。有名なところでは現在ぶいすぽっ!に所属する神成きゅぴがこのケースにあたります(前事務所解散→個人勢→ぶいすぽっ!加入)。

 なお、無償と書きましたが実際にはIP譲渡にともない金銭の支払いが発生している可能性もあります。ただし、解散した事務所からのIP移行に際し「お金が払えなくて諦めた」という声は見かけないので、あったとしてもそれほど高くない金額(個人で払える範疇)であろうと推測されます。

※4 特殊な事例と言いつつ、VTuberの事務所の解散自体はわりとよくある。

4. 活動開始時に事務所から演者に無償でIPが提供される

 VTuberの朝ノ姉妹ぷろじぇくと(朝ノ瑠璃・朝ノ茜)やモーションキャプチャスタジオ・きまっしスタジオを運営するノリ氏が発足したVTuber事務所「ぶいせん」では、事務所所属時に演者/中の人に2Dアバターを含むIP一式を無償提供するというスタイルを取っていました。

 同事務所からは計11人のVTuberがデビューしていますが(引退・独立・移籍者も含む)、VTuber事務所としてはかなり特殊な形態ということもあってか、継続的に新タレントを輩出するにはいたっていません。

プロスポーツ業界における「移籍金制度」とは

 さて、ここでようやく移籍金のお話です。

 欧州のプロサッカーでは、というか欧州プロサッカーに限らずプロスポーツでは多くの場合、選手の移籍に伴い「移籍金」(契約解除金・買取金)が発生します。これは契約期間中の選手に対し、移籍後の年俸とは別にクラブ間でやりとりされるお金のことです。

 欧州プロサッカーでは移籍金は選手自身の年俸の数倍~数十倍になることが多く、その金額の高さもあいまってサッカーファンの間では常に注目が集まるトピックです。トップ・オブ・トップの選手では移籍金が1億ユーロ(約164億円)を超えるケースもあります。

VTuber業界に移籍金制度が導入されると?

 もしこの移籍金制度がVTuber業界に持ち込まれたら、どのようなことが起こりうるでしょうか。

VTuberが名前や外見そのままで活動継続できる

 まず考えられるのは、移籍が成立した場合、VTuber自身が高額でのIP買取をすることなく、名前や外見そのままで活動を継続できるということです。

 前出の例のようにVTuber自身が権利を買い取る事例もありますが、それなりに高額になるであろう買取金額を出せるのはごく一部のVTuberに限られるでしょう。

 移籍金という形で企業(または資本家)が権利を買い取ることで、VTuber自身が金銭的負担なく、かつ名前や外見を変更することなく活動継続できるのは大きなメリットです。

資金力による事務所間の勢力バランスが変化する

 もうひとつ考えられるのは、大手事務所(あるいは資金力のある新興企業)が他事務所からタレントを金銭で引き抜くことで、事務所間の勢力バランスが拡大する可能性です。

 これは一見悪いことのようにも思えますが、欧州サッカーの例では中堅・下位クラブから上位クラブへ選手が「ステップアップ」するのと同様、移籍によってVTuberの人気や待遇が向上したり、よりVTuber本人の意向に沿った活動ができたりするようになる可能性があります(前出の小森めとはその好例)。

タレント育成が得意なVTuber事務所が誕生する

 さらにもうひとつ、移籍金制度を前提に「タレントを安く買って(発掘&育成して)高く売る」ことが得意なVTuber事務所が生まれる可能性もあります。近年の英プロサッカー1部リーグ(プレミアリーグ)の例で言えば、ブライトンとチェルシーのように……(※5)。

 VTuberの例で言えば、中小事務所からデビューしたVTuberが人気を得て、にじさんじやホロライブといった大手事務所に移籍するイメージです。

 企業間移籍ではありませんが、個人VTuberから国内VTuber事務所第3位と目されるぶいすぽっ!所属になった夢野あかり(濃いめのあかりん)などがそのイメージに近いでしょうか。

※5 日本代表の三苫薫も所属する(2025年5月現在)ブライトンは移籍金ビジネスが上手なクラブとして知られている。一方のチェルシーはここ数年ブライトンから選手やスタッフを高額で引き抜いており、「チェルシーはブライトンの優良顧客」となかば揶揄されることも。

結論: 制度として定着するには事務所・VTuberともに多様化が必要か

 と、一見よさげな雰囲気のある移籍金制度ですが、一方で導入&定着にはまだまだ課題も多いようにも思えます。

  • 移籍金算定方法の確立
  • 事務所の活動方針の差別化
  • VTuber自身の配信コンテンツの多様化

移籍金算定方法の確立

 移籍金の算出には、VTuberの現在の能力(スキルのほかに人気や集金力なども含む)・将来の成長可能性・現事務所との残存契約期間など、複数の要因がからんできます。現状では画一的な移籍金制度がないため、算定方法の確立が必要です。

 ただし実際には先に算定方法が確立するのではなく、移籍の事例が積み重なることでおおよその「相場観」が生まれるものと想像されます。

事務所の活動方針の差別化

 にじさんじやホロライブなどの業界トップ事務所を含め、現状では各事務所間の方針やタレントの活動内容に大きな差はないように思われます(イベント規模の大小やクオリティの高低はあるものの)。

 ある程度差別化ができているところとして、FPSや格闘ゲームなどの「eスポーツ」に特化したぶいすぽっ!や、業界の“お約束”にもある程度切り込むあおぎり高校、さらにはリスキーですがエロやゴシップネタを扱う事務所などはいくつか存在します。とはいえ、移籍が活性化するほどにはまだ差別化は起きていません。

 ぶっちゃけ、VTuber業界はプロスポーツと違って事務所間で競争する関係ではないので(むしろ業界全体で協力しながら成長していく関係)、タレント移籍によって戦力差の拡大・縮小をする必要性は低いです。

 移籍の動機としては待遇の向上や活動内容の方向性の一致が大きな要因になるはずなので、なおさら事務所の特色を出すことが重要になるでしょう。

VTuber自身の配信コンテンツの多様化

 事務所と同様、VTuber自身も現状ではゲーム実況・雑談・歌など、活動内容だけ見れば独自性を強く打ち出せているタレントはそれほど多くはありません。

 本当にオンリーワンの活動をしたい場合は事務所所属よりも個人VTuberになったほうが適しているでしょうし、事務所側から「移籍金を払ってでも来て欲しい」と思われるようになるには、事務所所属でできる範囲で最大限個性を発揮できるコンテンツを生み出せるようになる必要があります。

結論

 以上から、現時点では「移籍金制度の制定も視野に入れつつ、制度が十分生かせるように活動内容や活動方針を多様化したりクオリティを上げたりする努力を、事務所・VTuberとも継続する必要がある」という結論に落ち着きそうです。

余談

 VTuberの移籍金制度成立の可能性/現実的な制度設計については、XR(AR/VR/MR)やメタバース、VTuberの領域で深い知見を持つ弁護士の関真也氏が知見を披露してくれないかなあ、などと思っていたりします。他力本願ですが……。