【雑記】 VTuberの転生問題を「移籍金制度」で解決できないか

プロスポーツ業界における「移籍金制度」とは

 さて、ここでようやく移籍金のお話です。

 欧州のプロサッカーでは、というか欧州プロサッカーに限らずプロスポーツでは多くの場合、選手の移籍に伴い「移籍金」(契約解除金・買取金)が発生します。これは契約期間中の選手に対し、移籍後の年俸とは別にクラブ間でやりとりされるお金のことです。

 欧州プロサッカーでは移籍金は選手自身の年俸の数倍~数十倍になることが多く、その金額の高さもあいまってサッカーファンの間では常に注目が集まるトピックです。トップ・オブ・トップの選手では移籍金が1億ユーロ(約164億円)を超えるケースもあります。

VTuber業界に移籍金制度が導入されると?

 もしこの移籍金制度がVTuber業界に持ち込まれたら、どのようなことが起こりうるでしょうか。

VTuberが名前や外見そのままで活動継続できる

 まず考えられるのは、移籍が成立した場合、VTuber自身が高額でのIP買取をすることなく、名前や外見そのままで活動を継続できるということです。

 前出の例のようにVTuber自身が権利を買い取る事例もありますが、それなりに高額になるであろう買取金額を出せるのはごく一部のVTuberに限られるでしょう。

 移籍金という形で企業(または資本家)が権利を買い取ることで、VTuber自身が金銭的負担なく、かつ名前や外見を変更することなく活動継続できるのは大きなメリットです。

資金力による事務所間の勢力バランスが変化する

 もうひとつ考えられるのは、大手事務所(あるいは資金力のある新興企業)が他事務所からタレントを金銭で引き抜くことで、事務所間の勢力バランスが拡大する可能性です。

 これは一見悪いことのようにも思えますが、欧州サッカーの例では中堅・下位クラブから上位クラブへ選手が「ステップアップ」するのと同様、移籍によってVTuberの人気や待遇が向上したり、よりVTuber本人の意向に沿った活動ができたりするようになる可能性があります(前出の小森めとはその好例)。

タレント育成が得意なVTuber事務所が誕生する

 さらにもうひとつ、移籍金制度を前提に「タレントを安く買って(発掘&育成して)高く売る」ことが得意なVTuber事務所が生まれる可能性もあります。近年の英プロサッカー1部リーグ(プレミアリーグ)の例で言えば、ブライトンとチェルシーのように……(※6)。

 VTuberの例で言えば、中小事務所からデビューしたVTuberが人気を得て、にじさんじやホロライブといった大手事務所に移籍するイメージです。

 企業間移籍ではありませんが、個人VTuberから国内VTuber事務所第3位と目されるぶいすぽっ!所属になった夢野あかり(濃いめのあかりん)などがそのイメージに近いでしょうか。

※6 日本代表の三苫薫も所属する(2025年5月現在)ブライトンは移籍金ビジネスが上手なクラブとして知られている。一方のチェルシーはここ数年ブライトンから選手やスタッフを高額で引き抜いており、「チェルシーはブライトンの優良顧客」となかば揶揄されることも。

結論: 制度として定着するには事務所・VTuberともに多様化が必要か

 と、一見よさげな雰囲気のある移籍金制度ですが、一方で導入&定着にはまだまだ課題も多いようにも思えます。

  • 移籍金算定方法の確立
  • 事務所の活動方針の差別化
  • VTuber自身の配信コンテンツの多様化

移籍金算定方法の確立

 移籍金の算出には、VTuberの現在の能力(スキルのほかに人気や集金力なども含む)・将来の成長可能性・現事務所との残存契約期間など、複数の要因がからんできます。現状では画一的な移籍金制度がないため、算定方法の確立が必要です。

 ただし実際には先に算定方法が確立するのではなく、移籍の事例が積み重なることでおおよその「相場観」が生まれるものと想像されます。

事務所の活動方針の差別化

 にじさんじやホロライブなどの業界トップ事務所を含め、現状では各事務所間の方針やタレントの活動内容に大きな差はないように見受けられます(イベント規模の大小やクオリティの高低はあるものの)。

 ある程度差別化ができているところとして、FPSや格闘ゲームなどの「eスポーツ」に特化したぶいすぽっ!や、業界の“お約束”にもある程度切り込むあおぎり高校、さらにはリスキーですがエロやゴシップネタを扱う事務所などはいくつか存在します。とはいえ、移籍が活性化するほどにはまだ差別化は起きていません。

 ぶっちゃけ、VTuber業界はプロスポーツと違って事務所間で競争する関係ではないので(むしろ業界全体で協力しながら成長していく関係)、タレント移籍によって戦力差の拡大・縮小をする必要性は低いです。

 移籍の動機としては待遇の向上や活動内容の方向性の一致が大きな要因になるはずなので、なおさら事務所の特色を出すことが重要になるでしょう。

VTuber自身の配信コンテンツの多様化

 事務所と同様、VTuber自身も現状ではゲーム実況・雑談・歌などにコンテンツが集中するなど、活動内容だけ見れば独自性を強く打ち出せているタレントはそれほど多くはありません。

 本当にオンリーワンの活動をしたい場合は事務所所属よりも個人VTuberになったほうが適しているでしょうし、事務所側から「移籍金を払ってでも来て欲しい」と思われるようになるには、事務所所属でできる範囲で最大限個性を発揮できるコンテンツを生み出せるようになる必要があります。

結論

 以上から、現時点では「移籍金制度の制定も視野に入れつつ、制度が十分生かせるように活動内容や活動方針を多様化したりクオリティを上げたりする努力を、事務所・VTuberとも継続する必要がある」という結論に落ち着きそうです。

 ちなみに、グリー傘下のREALITY Studiosが運営するゲーム配信主体のVTuber事務所「すぺしゃりて」では、外部からの加入・移籍も対象とした常設タレントオーディションを2025年3月より開催しています。

 そして2025年10月、このオーディションを通じ、元VEE所属の安心院みさがすぺしゃりてに加入しました。半年ほどの個人勢の期間をはさんでいるため正確には移籍ではありませんが、IP継続という観点からするとポジティブな事例だと思います。

余談

 VTuberの移籍金制度成立の可能性/現実的な制度設計については、XR(AR/VR/MR)やメタバース、VTuberの領域で深い知見を持つ弁護士の関真也氏が知見を披露してくれないかなあ、などと思っていたりします。他力本願ですが……。

 なお、VTuberのIP買取・事業譲渡に関しては日本のモノリス法律事務所が解説記事を公開しているほか、海外の法律事務所でもこの問題を取り上げていたりします。興味があれば参照してみてください。


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